日本統治下の昭南島時代

日本統治下の昭南島時代

1942年から終戦の1945年まで3年間は日本による統治下にありました。

 

シンガポールという国はコレまで散々ヨーロッパの国々にかわるがわる植民地とされてきた歴史があります。強いイギリス軍が常駐し現場を仕切っておりシンガポールの強制労働と富の吸い上げを行いまた、東南アジア各地への拠点として活用していました。そんなイギリス植民地時代に日本軍の侵攻があり、敗戦したイギリス軍の撤退からシンガポールは日本軍の統治下におかれたのです。

 

当時のシンガポール人は衝撃を受けたことでしょう。大英帝国イギリスが小さな島国の日本人に負けたことからシンガポールは混沌とした時代に突入していきました。シンガポールは日本によって「昭南島」と呼ばれ日本語教育を与えたり強制労働をさせたと言われています。

 

また、当時の連合国軍を支持していた華人グループを摘発し抗日分子として処分(粛清)した出来事は日本軍による華人虐殺事件として現在も現地の歴史書で語り継がれているのです。このことは独立心を芽生えさせたと言います。植民地時代の長かったシンガポールでは自分たちの国として独立させようという気持ちをいだかせることになりました。

 

このあと終戦で日本軍の撤退後にまたイギリス軍がやってきてシンガポールを支配し続ける事になるのですが、独立の気概が高まったシンガポール人を抑えられずに「リー・クアンユー」を首相として人民行動党が立ち上がり独立宣言にいたります。

 

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※しばし日本人の過去の戦争での出来事を「蛮行」「悪」と見る向きや、そのように解説している歴史書、評論家がありますが、当サイトの方針としては欧米列強国に植民地支配されようとしていたアジアにあって、唯一欧米諸国と闘い、自分たちの独立と自立のナショナリズムを貫き通すための外交手段としての戦争でしかなかったと考えています。したがって当時日本軍が行った行為が悪かどうかといったらそれはまた別の話と考えています。